第90章 二人の
「我慢できなかった」
唇が離れ、鼻先が触れ合うような距離で、追い打ちをかけるようにそんなことを言われて。
いつの間にか、外から見られないように何かの資料が挟まれたファイルが、抜け目無く顔の横に添えられていた。
逆にそのせいで、何をしているのかは一目瞭然だと思うが。
「ひなたがあまりヤキモチを妬かないから、僕ばかりが子どもっぽくなってしまうな」
「そ、そんなこと・・・」
体勢を元に戻しながら彼がそう話す言葉で、何故突然キスをしたのか少しだけ分かった気がした。
・・・今日、沖矢さんと会いはしないものの、話をする事だけは伝えていたからだ。
相も変わらず、赤井さんや沖矢さん相手だと彼は言葉通り、人が変わる。
「ごめん・・・」
「すぐ謝る」
そう言って笑いながらエンジンを掛ける彼を横目で見て。
・・・見た目は平常心のように見えるが、きっと心の中では複雑な心境なのだろう。
でなければ、さっきの様なことはしなかったはずだ。
赤井さんに何も言わないまま、コナンくんに接触することはできた。
でもそうしなかった。
それは自分に言い訳をしているだけで、はっきりとした理由は未だに見つけられていなかった。
ーーー
「取り急ぎ、結果だけ聞かせてもらえるか」
今日はいつものセーフハウスへと戻って。
部屋に入りスーツを脱ぎながら、彼はそう切り出した。
「・・・コナンくんが警察内部から情報を得たことは間違いないと思うけど、方法とか誰かから、とかは・・・」
本当は、風見さんに盗聴器を・・・ということは、確証が無いことだから今のところは伏せることにして。
「あ、それと・・・FBIの人から伝言を預かってる」
背中で聞いていた彼も、その言葉には視線を私の方へと向けた。
「こちらは黒だと判断する・・・って」
そう伝えると、一瞬だけ彼の表情が強ばった気がした。
そして、僅かに感じた殺気のような雰囲気。
「・・・会ったのか」
「う、ううん・・・帰りに電話で・・・」
敢えて誰とは言わない。
それは、お互いに。