第90章 二人の
「勿論」
そう一言、優しいけれど力強い声色で言ってくれた。
また違う場所で再出発するだけだ。
今度はちゃんと、探偵と助手としての事務所の出発。
「新しい場所はもう見つかってるの?」
どういう考慮で選ぶのかは彼次第だけれど、すぐに探して見つかるものでもないだろう。
そう思っていたのだけれど。
「僕の日本、だからな」
そう言った彼の横顔は、どこか誇らしげで。
この国を守る公安警察だからこそ言えることなのか、と思うと同時に、その自信を持てる彼が心底羨ましいと思った。
・・・私には、そういう自信を持てる部分が無い。
「今の場所からは離れるが、ポアロからはあまり離れていないし、前のように居住スペースも用意はしてある」
前と場所以外の変わりはない。
なのに、その場所を変えなければならない理由があった。
それはきっと、私が理由だ。
その内容を聞いても、きっと誤魔化されるのだろうから聞かないけど。
「何か不安か?」
駐車場に止まる彼の車へと近付くと、いつものようにドアを開けてくれて。
それに乗り込みシートベルトを締めると、同じ様に車に乗り込んだ彼に、そう問われた。
また顔に出ていただろうか、と彼の方へと視線を向けると、ハンドルの上の方で手を重ね、こちらを向きながら小首を傾げている彼の姿が目に映った。
「・・・っ」
その表情を見て、心臓が跳ねた。
それはきっと、彼が純粋に格好良いと思ったからというのもある。
それ以上に伝わってきたのは、私がどんな不安を吐露しても、自分が解決できる自信があるというのが、彼からひしひしと伝わってきたから。
「・・・何も」
首を振りながら答えれば、彼は満足そうな笑みを浮かべた。
こういう所には、とことん弱い。
年甲斐も無く、未だにこんなに胸をときめかせてしまうんだ、と思っていた時。
「・・・!」
僅かに、彼から視線を外した瞬間だった。
顎を指先でクッと彼の方へ向け直されると、そのまま唇が触れ合って。
驚きのあまり、本当に一瞬心臓が止まったかと思った。