第89章 夜桜と
「すまない、驚かせたか?」
上げた視線の目の前には、スーツを着た零が立っていて。
やはり、周りを歩いている中で見ても、彼は色んな意味で目立っている。
そして、この国を守っている警察官・・・公安の人なんだと改めて感じた時、突然彼に守られているんだということを、強く思い知ったような気がした。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてただけ」
「・・・そうか」
あまり納得した様子ではなかったが、彼もそれ以上深くは追求しなかった。
立ち上がって彼の傍に立てば自然と歩き出し、それについて行くように、歩みを進めた。
「どうして事務所じゃなかったの?」
当初はその予定だった。
本庁を後にし、再び駐車場の方へと向かいながら、それを何故急に変えたのかと尋ねて。
彼の車が端の方へと止まっているのが確認できる頃、ゆっくりとその口は開かれた。
「取り急ぎ伝えておくが、あの事務所は場所を変えることにした」
「え・・・っ」
突然の事に驚き、歩きながら思わず彼の顔を見て。
「別に事務所をたたむ訳じゃない。それに、元々あそこはひなたの為に用意した場所だったからな」
そうだった。
元は私の監視・・・保護をする為の場所だった。
でも、たった数ヶ月のこととはいえ、個人的にはとても思い入れのある場所だから。
「そっか・・・」
寂しくないと言えば、嘘になる。
それは明らかに表情にも態度にも出てしまった。
「突然で悪かった。あまり考えていられる時間も無かったんだ」
すまない、と謝罪を重ねながら頭の上に彼の手が乗せられると、突然の安心感が押し寄せて。
いつだって彼は私を一番に考えてくれている。
それは出会った時から、今まで、ずっとだ。
こんな事で私がくよくよしている訳にはいかない。
負の感情を追い払うように、軽く頬を叩いて表情をまともなものに作り直すと、彼を見上げ。
「まだ、助手として雇ってもらえるんだよね?」
諸々の行動や言葉に驚いたのか、目を丸くした彼は暫く私を見つめ、フッと優しい笑顔を見せると、私が叩いた頬を優しく撫でて。