第89章 夜桜と
「まだ伝えるなんて言ってませんけど」
『でも君は伝えてくれるのだろう?』
その私を理解したような口ぶりが、少し悔しくて。
小さくため息を吐いては、人影から視線を外した。
「・・・何て言って伝えろって言うんですか」
『君に任せるさ』
任せられても困る。
一応、沖矢さんとコンタクトを取ることは伝えているものの、赤井さんとコンタクトを取るなんて、勿論零には伝えていない。
直接会わない為に、こんなペンダントまで作ったのに。
それなのに、わざわざ赤井さんと接触した痕跡を残させるなんて。
醜悪極まりない。
「・・・一応聞きますけど、それはFBIの言葉として取っていいんですよね?」
『ああ、勿論だ』
その言葉に、僅かだが安心はできた。
それなら少しは伝える術があるかもしれない。
そう思いながら、何故こちらが頭を使っているのだろうかと、何度目かのため息を吐いた。
『板挟みになって面倒だと思っているだろうが、それはこちらも同じなんでね』
分かっているのなら、同じ状況に引きずり込まないでほしい、とふたたび心の中だけで言い返して。
でも赤井さんの板挟みは、私よりも余程難しく危険な板挟みだ。
そう思えば私の状況なんて、可愛くさえ思えてくる。
「・・・分かりました、伝えておきます」
そう言って、それ以上の会話をしないように一方的に通信を切り、近くの駐車場まで歩いて向かった。
そこに止めてある一台の車に近付き、窓から中を除けば運転席に座る人物は慌てて車から降りてきて。
「歩いてここまで・・・!?」
血相を変えて大袈裟に言われれば、目の前の彼には悪いが笑いが漏れた。
「大丈夫ですよ、ここに限った話ですけど。風見さんこそ、心配し過ぎです」
連絡を入れれば迎えに来ると言われていたが、わざわざそうするのも申し訳なくて。
それに、ここ一帯はあのスナイパーが目を光らせているから。
その感情はあまりにも複雑で、素直に頼れるものではないけれど。
利用しているのだと、自分には言い聞かせていた。