第89章 夜桜と
「如月さん、あの時何か言いかけてなかった?」
・・・覚えていたんだ。
できれば忘れていてほしかったけど、と思いながら一応考える素振りを見せて。
「そうだったっけ・・・?」
目の前の彼ほど演技力はないけど。
嘘をつくことにも、罪悪感がないわけではないけど。
これ以上、彼に情報を与えることは良くないと判断したから。
「それより、コナンくんはどこからあの男の情報を拾ってきたの?」
この話は、赤井さんから自分が居ないところでするなと言われている。
でも、私から彼にコンタクトを取ることは、神社であんなことを言ってしまった手前、今の時期は何だか癪で。
だったら、彼がこの状況に口出し、確認できる状況を作れば良いのだろうと、数日前に久しぶりに趣味の道具を引っ張り出した。
「・・・安室さんに、何か言われた?」
やはり、不自然だっただろうか。
私から彼に、それも阿笠邸で話したいなんて言うのは。
でもここでないと、この耳についている無線機と、首につけているペンダント型のカメラの映像が、赤井さんのところに届かなかったから。
不自然でなく、話ができそうな場所はここくらいだった。
「まあ、少しは」
変に隠せば、彼も疑うだろう。
こちらからこれ以上情報を出すつもりはないが、ある程度のところまでは共有することを、零からは許されている。
そこまで彼の信頼を勝ち得ているコナンくんに、少しだけ嫉妬に近い感情を覚えた。
「安室さんに、僕に探りを入れて来いって言われたの?」
ああ、やはり鋭いな。
僅かに驚きはしたものの、表情には出さなかったつもりで。
これはある程度予想できたことだから。
「ううん、透さんには秘密にしてきた」
秘密ね、と人差し指を口元に当てれば、耳元のイヤホンからクスクスと赤井さんの小さな笑い声が聞こえてきて。
『随分と嘘が上手くなったものだな』
・・・言い返したい。
でもそんな事、できるはずもなくて。
むず痒い思いをぐっと堪えると、せめてもの反応で小さく咳払いをしてみせた。