第89章 夜桜と
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どれくらい眠っただろうか。
外はまだ暗いようだけれど。
ふと目を覚ましては辺りを見回すが、そこは眠る前に居たベッドの上ではなくて。
確かリビングにポツリと置いてあったソファー。
そこに、布団を掛けられて転がされていた。
「・・・っこほ・・・ごほ・・・っ」
まだ酷く重たく感じる体を引きずるように起こし、徐ろに彼の名前を呼ぼうとしたが、そこから出たのは掠れた声と乾いた咳だけで。
叫び過ぎたのかと思い返すと同時に、どれ程大きな声で喘いでしまったのかと、今更ながら恥ずかしくなった。
「・・・・・・っ」
とりあえずうがいをしようと洗面所を探しに廊下へと向かいかけた時、突然近くのドアが開く音がして咄嗟にその方向へ目を向けた。
「もう起きたのか」
それはさっきまで私達が居た、寝室へ繋がるドア。
そこから出てきたのは、丸めたシーツを抱え込んだ零だった。
「・・・無理をさせたな。体は大丈夫か?」
自覚はあるんだ、と心の中だけでクスッと笑っては、小さく首を振って。
「だい、じょうぶ」
少し掠れた声で答えるが、説得力が無いのは誰が聞いても一目瞭然だった。
「・・・待ってろ、何か飲み物を持ってくる」
一瞬戸惑った様子を見せたものの、彼は冷静にそう言うと、持っていたシーツを床に置き、立ち上がっていた私を先程まで寝転がっていたソファーへと座らせた。
大したことはないのに。
そう思うのは私だけで。
彼は私のこんな些細な変化さえ、心配してくれる。
・・・心配し過ぎというところもあるけれど。
「痛む所は無いか?」
すぐそこのキッチンから声を掛けてくる彼に、声を使わず、また首を振って。
本当に心配性だと、無意識に上がってしまった口角を彼に見られないように、手でそっと蓋をして隠した。
その数分後、目の前のテーブルに置かれたのは、彼がいつもよく出してくれるハーブティーだった。