第88章 感覚で※
「ひなたが言いかけた事も、あの男がしなかった事も」
ただ・・・、とそれだけ吐き、その後も言葉が続きそうではあったが、その先は出てくることはなかった。
でも何となくは伝わっている。
それが事実でなかった時が、怖かったということが。
「・・・取り乱して悪かった」
顔を上げたかと思うと、また謝って。
彼なりに追い込まれていた事を痛感しては、そうなる原因を作ってしまったことに、改めて申し訳無く思った。
「大人気無い事も、冷静でいなければいけない事も、いい加減気持ちを分けなければいけないことも、全て頭では分かっているんだ」
・・・相手が、赤井さんじゃないかと疑っている沖矢さんでなければ、少しは彼の気持ちも違うんだろうけど。
そこまで赤井さんに対する彼の恨みというのか、怒りは根深いのだろう。
以前彼が吐露していた心情を思い出しながら、互いの存在は弱みの方が強くなりつつあることを感じて。
珍しく弱い部分を見せる彼の顔に両手を伸ばし、頬を包むように添えると、優しく引き寄せて唇を触れ合わせた。
「・・・・・・」
特に深い意味は無かったのだけれど。
自然とそうしてしまった。
だから触れていた唇が離れ、彼が目を丸くしてこちらをジッと見つめてくることが、どうにも恥ずかしくなって。
「な、何か言ってよ・・・」
自分でしておいて、こんなに辱めを受けるなんて。
顔が熱くなる感覚を覚えると、それを両手で覆い隠した。
「・・・可愛い」
「そういう事じゃなくて・・・っ」
では、どういう事だ?と耳元で囁かれると、体がピクリと反応して。
彼のこういう行動には滅法弱い。
「聞きたい事も話したい事も山程あるが・・・ひなたにそんな事をされれば、もう限界だ」
言うが早いか、いつの間にか彼の手は、既に服の中へと潜り込んでいて。
「・・・っ・・・」
・・・冷たい。
肌に触れた瞬間、その感覚にまた体を震わせた。
いつもの、彼の手だ。
その感覚に、この上ない安心感を覚えた。