第88章 感覚で※
「と・・・っ」
足を止めた彼が振り向くが、さっきよりも帽子が目深で表情が見えない。
その姿でこちらに近付かれた時、一瞬恐縮に近いものに襲われた。
彼が怒っていることは分かっている。
その上に、彼が本人ではないかもしれないという根拠の無い不安まで生まれてしまって。
威圧に押されて思わず、足を半歩後ろに引いた。
「っんむ・・・!」
何を言われるだろう。
そう一瞬で身構えた時、普段は着ない彼のパーカーの袖が私の口へと押し当てられ、それを左右へ小刻みに動かした。
その行動に、やはり彼は誤解しているのだと気付いた。
いや、あの角度であれば誤解はするだろう。
沖矢さんも、そうさせるつもりだったのだろうし。
「・・・チッ・・・」
小さく聞こえた彼の舌打ちに、ドクンと心臓が音を立てた。
それは誰に対する物だろう。
防げなかったという、自分へのもの?
行動を起こした、沖矢さんへのもの?
それとも、無防備過ぎた私へのもの?
何も無かったと言えばそうだけど。
何か起こってもおかしくはなかったのだから。
・・・どれであろうと、原因は私だ。
「透さ・・・」
「今は何も言わないでくれ」
押し当てられていた彼の腕を優しく退けると、口元しか確認できない彼を見つめて。
名前すら呼ばせてはくれない。
その状況下で突然、私の右手の指に彼の左手の指が絡んできて。
・・・今日は、冷たくない。
その手にグッと力を入れられれば、簡単には解けない鎖となった。
「・・・・・・」
また、何も言えないままどこかへと足を進めた。
今度はなるべく歩幅を合わせて。
でもその行先は、すぐに分かる事となった。
「・・・!」
「如月さん!・・・と、安室さん・・・!?」
気付けばそこは、コナンくん達と別れた場所で。
傍には勿論、ジョディさんもいる。
これは誰も得しない状況だと思いながらも、私だけではどうすることもできなかった。
「安室さん・・・、仕事じゃなかったの?」
「ああ。思っていたより早く終わったから、合流させてもらったんだ」
誰とも目を合わせられない。
そんな中でも、彼は淡々と嘘か誠か分からない言葉を吐いた。