第88章 感覚で※
「・・・金輪際、ひなたさんには近付かないで頂けますか」
彼は私の肩に手をかけ引き寄せると、力強く片腕の中で抱き締めた。
普段なら心臓を高鳴らせている所なのだろうけど。
・・・今はどんな感情でいれば良いのかすら分からない。
「彼女の方から、僕に会いたいと言った時は・・・別ですよね?」
「・・・!」
どうして今日の沖矢さんは、いつにも増して挑発的なのか。
わざと零を怒らせているのだろうか。
逆にそうでないのなら、心底沖矢さんが怖い。
「言いません・・・っ!」
零が何かを言う前に。
沖矢さんが油を注ぐ前に。
早く引き離さなければ。
そう思い、彼らの会話に割って入った。
「・・・ッ・・・」
零の、言葉にならない声が喉の奥で詰まって。
それに気付き、零へと視線を向けた。
奥歯を噛み締め、グッと怒りを抑えている。
殆どがそれを抑えきれてはいないが、逆の立場なら私もきっと同じ気持ちだろうから。
「行こう・・・?」
とにかく彼を落ち着かせるように、小声で立ち去ることを進めた。
声は届いているようだけど。
不安になるくらいには、声を掛けてから彼が動き出すまでは時間が掛かった。
「・・・っ、わ・・・!」
肩を抱いていた手を離すと、その手は突然私の手首を掴んで。
沖矢さんにはそれ以上何も言うことができないまま、彼に腕を引かれる方へと、人混みをなるべく避けて歩き始めた。
足取りは早く、転けないように歩くのが精一杯で。
こちらを振り向かない彼に、どこか不安のようなものが募った。
そういえば結局、沖矢さんが何故あの場に居たのか、分からず終いだ。
・・・もっと分からないのは、零がここにいる理由だけど。
たまたま、公安の仕事でここに居ただけ・・・なのか。
「と、透さん・・・!」
こちらを気にかける様子も無いまま、どんどんとどこかへ進む彼にようやく声を掛けた。
掴まれた手を引くように彼を制止させると、ようやく彼は足を止めてくれた。