第88章 感覚で※
ほんの一瞬、私を掴む力が弱まった瞬間、素早く沖矢さんの腕からすり抜けると、目の前にいる彼へと勢いよく飛び込んだ。
「・・・っ!」
そのまま二人で後ろへ仰け反るように数歩後ずさるが、何とか彼が踏ん張り、倒れる事だけは防いで。
飛び込んできた私をしっかりと受け止めつつも、視線だけは沖矢さんから離れない。
彼の怒りの表情を確認すると、その視線を辿って沖矢さんに目を向けた。
「人のものに手を出す趣味は無い、と聞いたはずですが」
それは・・・私も聞いた。
そして、同じことを幾度か沖矢さんに尋ねたことがある。
「貴方の彼女には、その考えを捻じ曲げる力があるのでしょうね」
・・・沖矢さんの返答を聞いて、再び背筋が凍ったのは気の所為では無いはず。
これが俗に言う飛び火という物か。
「案外彼女も、その気かもしれませんよ?」
「・・・ッ!」
これは、明らかな殺気。
「透さん・・・っ!」
彼に抱きつくような体勢だった体を立たせ、二の腕辺りを掴んでは彼の名をなるべく控えめで叫んだ。
その名を呼んではいるものの、今は限りなく降谷零だとは思っていた。
「・・・っ・・・」
零の怒った顔は今まで何度も見た事はあった。
・・・けど、赤井秀一に向けるものはいつもその恐さを更新してくる。
彼はまだ、沖矢昴が赤井秀一だという確信はあっても確証を得られていないが。
私からそれを明かすことは・・・きっと無い。
「・・・ッ」
これ以上零を怒らせないで、と沖矢さんを力強く睨み付けるが、いつもの嘲笑う様な笑みが返ってくるだけで。
この余裕が本当に憎い。
「・・・はい」
そんな中、零は小声で何かに返事をした。
それに気付いて顔を上げると、彼の片手は耳を押さえていて。
よく見ればワイヤレスイヤホンが装着されている。
電話・・・きっと公安の人だろう。
何となくだが、そんな気がした。
「そうか、分かった」
話している間も、沖矢さんから目を離すことは無く、睨みを聞かせながら淡々と返事をした。