第12章 迫る影
ドスッ・・・という鈍い何かの音と共に、恐らく地面にナイフが落ちた金属音。音がしたのは、ほんの数秒間。
「ひなたさん、もう大丈夫ですよ」
透さんのその声を聞いてゆっくりと目を開けた。目に飛び込んできたのは、ぐったりと横たわる男で。
「こ、この人・・・っ」
さっきまでは暗闇とフードでよく分からなかったが、改めてその顔を見ると見覚えがあった。ここ2週間程、よくポアロに来ていた気がする。
「ひなたさんがいないときは入店しない、と梓さんから聞いてまして」
「・・・そうだったんですか・・・」
梓さんの口からそんなことは聞いたことがなかった。寧ろ黙っていてくれたのかもしれない。
透さんにも梓さんにも申し訳なさでいっぱいになっていると。
「あの、大丈夫ですか」
透さんが横たわる男に声をかけた。彼のその行動に、自然と体に力が入る。
「・・・・っ、つ!」
意識を飛ばしていたであろう男が、それを取り戻す。再び動き出した男に恐怖が蘇るようで、ゆっくりと数歩後ずさりをした。
「くそ・・・っ、お前・・・!」
「金輪際、ひなたさんには近付かないと約束していただけますか」
ヨロヨロと力なく立ち上がる男に、透さんは正面から言い放った。それでも男から戦意は消えていない様子で。
「そんなこと、お前に指図される覚えは・・・!」
「約束、してくれますよね?」
もう一度、ただ男にそう言っただけ。透さんは何も手を出していないのに、それどころか手はポケットに入れているのに、男は急に透さんに怯えだして。
ただ男を見据えているだけなのに、この妙な威圧感。離れている私にも伝わるそれに、こちらも震えるようで。
「ひ、ひぃ・・・っ!!」
情けない声を出し、男は足をもつれさせながら逃げて行った。暗闇に消えた存在に、少なからず安堵して。
「あ、ありがとうございます・・・っ」
「いえ、ひなたさんが無事で良かったです」
透さんがいなかったら今頃どうなっていたかは分からない。
自分の注意力の無さにため息しか出なかった。