第12章 迫る影
「忘れたの?僕だよ、ひなたちゃん・・・」
そう言いながら一歩、また一歩と、ゆっくりと歩み寄ってくる。相手が一歩進む度、私も同じように後ずさりした。
「す、すみません・・・私・・・人を覚えるの苦手で・・・」
「そんな・・・あんなにポアロで会ったのに・・・?」
ポアロ・・・ポアロのお客さん・・・?
だったら私の名前を知っていてもおかしくはないけれど。
「君がちゃんと帰れるか心配だったんだ・・・暗いし・・・一緒に家まで帰ろうよ・・・?」
「そっ、それは・・・」
無理に断ったら何をされるか分からない。でも一緒に帰る訳にもいかなくて。ただひたすらに怯えていると。
「ねえ、早く行こうよ・・・!」
「・・・っ!!」
目の前の男は突然距離を詰めて私の手首を掴んだ。大声が出せれば良かったのに。恐怖で声も出なかった。
助けて・・・
必死にそう心の中で叫んだけれど、それは誰にも届かなくて。・・・ただ1人を除いて。
「その手を離していただけますか」
突然、聞き覚えのある声がした。
「だ、誰だよ・・・邪魔するな!」
「これは失礼。でも貴方、僕のこと知ってますよね?」
いつの間にか透さんが背後に立っていた。
週末を過ぎるまでは会いたくないとすら思っていたが、今この場では心強さ以外の何ものでもなかった。
そして気づいた時には既に私の手首を掴む男の腕を、透さんが掴んでいて。
「貴方はいつもポアロを覗いているお客さんですよね。何故いつも店内に入らないのか気になっていたんですが・・・ひなたさんのストーカーだったんですね」
ストーカー・・・私に・・・?
「人聞きの悪いこと言うな!僕はひなたちゃんを守る為に・・・!」
「残念ですが、貴方ではひなたさんを守れませんよ」
そう言うや否や、透さんは左腕で私を背後から包むように抱き寄せ、男の腕を掴む右手に力を込めた。
「いっ・・・てて!」
男はあっさり私の手首から手を離した。その瞬間に透さんは私ごと後ろへ引き下がり、男と距離を取った。
「くそ・・・!」
どこからともなく取り出したナイフを、男が突き付けてくる。
「下がって」
透さんは私を後ろへ誘導し、男と向き合った。
ナイフを乱暴に振り回しながら透さんに近付く男を見ていられなくて、思わず目を瞑った。