第88章 感覚で※
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「うぅん・・・」
あれから数日経った。
ポアロには少しずつ顔を出しているものの、零との時間は日に日に減っていて。
最近は一緒にポアロに入っていても突然抜けることが多く、梓さんと二人で居ることの方が多い。
それが不満だとは思わないが、どこか自分を納得させられない気持ちもあって。
「やっぱり・・・近いとこ・・・」
二人で話していた桜も、そろそろ満開を迎えようとしている。
行く先は私の一存に任されてしまった為、あの日から近辺の桜の情報を見ては毎日唸り声を上げていた。
今日も零の部屋で一人、スマホの画面を睨み付けるように幾度となく見ている情報を脳に叩き付けて。
「・・・見られれば、別にどこでも良いんだけど」
小さくても、一本でも。
蕾でも、満開でなくても構わない。
二人で桜を見た、という事実が欲しい。
そういう小さな思い出を、少しでも沢山残しておきたい。
・・・お互い、いつどうなるか分からないのだから。
でもどうせなら、という欲が出てきてしまうのも人間の性なのかもしれない。
「!」
手にしていたスマホが突然震えだし、メールが届いたことを知らせてきた。
零だということは分かっていたから。
すぐに画面を開けば、いつものように短い文章が書かれていた。
『今日も戻れない、すまない』
・・・内容も分かっていたはずなのに。
改めて目にすると、やはり寂しいもので。
たった数日しか経っていないのに。
それがとてつもなく長く感じてしまう。
少し懐かしいような感覚に浸っては、溜息を吐きながらベッドへと倒れ込んで。
もう僅かしか香らない彼の匂いに神経を研ぎ澄ませると、そのままゆっくり目を閉じた。
夢の中だけは彼に会えますように、と願いを込めながら眠りについて。
「零・・・」
最近呼べていない名前を、意味も意識も無く呟いた。
桜を見るという約束を思わぬ形で果たすことになるとは、この時は知る由もなかった。