第12章 迫る影
『今、ポアロから家へ戻ります』
いつもの業務連絡のような短い文。
それを透さんへ送信したことを確認して帰路に着いた。すっかり外は暗くなっていて。肌寒いこの空気が少し好きだった。
「あ、買い物・・・」
そういえば、と家の冷蔵庫の中身が乏しかったことを思い出して。
帰り道から少し逸れた所ではあるが、スーパーはある。
今日はそこで買い物を済ませようと足を進めた。
夜は何を作ろう、なんて呑気に考えながら歩いていると、背後で妙な気配を感じた。
あの時と似た、背筋が凍るような。
また・・・誰かに見られているあの感覚。
ただあの時とは少し違う。
確かな存在を感じた。
でも恐怖で振り返ることはできなくて。
段々と震えてくる体に言うことを聞かせるので精一杯だった。
歩く足を少し早めてそれから逃れようとするが、段々と気配も近付いてきていて。気付いた時には走っていた。
どうしよう。
脳内は考えが纏まらず、恐怖でいっぱいになって。
走れば背後に感じる存在も走ってくるようだった。
あの時は透さんがいてくれた・・・。
そう思い出している時、スマホで連絡することを思いついた。
早くその判断ができなかったことを悔やみながら、カバンの中からスマホを取り出そうとした時。
「あ・・・ッ」
震える手で取り出したせいか、スマホは手から滑り落ちて地面を転がっていった。
咄嗟に足を止めてしまい、それを目で追うように背後を向く形になった。
けれど、少し後方にあるそれを取りに行く勇気は無くて。
そこに近付く、人影が見えたから。
「・・・!」
暗闇から現れたその人影が、落ちた私のスマホをゆっくと拾い上げた。
「・・・落ちたよ?ひなたちゃん」
そう言われた瞬間、ゾクッと悪寒が全身を走った。
名前を・・・呼ばれた。
それは聞き覚えのない男の声で。
顔は、辺りが暗いせいもあるが目深に被ったフードのせいではっきりとは見えなかった。
「だ・・・だれ・・・っ」
震える声で、目の前の人物に問いかけた。
聞いても仕方のないことだけれど、それが私にできる精一杯の時間稼ぎで。
ここは人通りが少ないけれど通らない訳ではない。
とにかく今は、ここを誰かが通りかかることだけを、ひたすら祈った。