第87章 飲んで※
さっき気を失ったのはのぼせたせいではない、という事なのか。
そんな事、断定できるものだろうか。
まあ、彼ならできてしまいそうだけど。
でもどこか・・・やはり違和感だけが残る。
「ごめん・・・もう大じょ・・・」
何口か水を飲み込んだが、最初からのぼせてなんかいない事は自分がよく分かっていた。
体が怠くて動かなかったのも、きっと全て反動のようなもので。
ペットボトルをベッド横のテーブルに置くと、再び体は彼によってベッドに押し付けられた。
そんな気はしていたから。
驚くことは無かったけれど。
でも彼のどこか苦しそうな、悲しそうな表情は予想できなかったから。
少しだけ驚いて目を丸くした。
「・・・すまない」
その表情のまま、何故か彼は一言謝って。
何に対してなのか、全く分からなかったけれど。
彼が謝る必要はきっと無いからと、何も言わず小さく首を横に振った。
それからの事は、よく覚えていない。
ただ、彼の腕の中で甘い声をあげて、快楽に身を任せていたような気はする。
でも、いつものような快楽ではなかったとも思う。
そして最中の間彼は、やはり他の事は喋らなくて。
時折切ない声で、私の名前を呼ぶだけだった。
ーーー
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫、家で待ってるね」
夜が明けた昼頃、どうやら彼は組織から連絡があったようで。
彼は一度家まで送ってくれると言ってくれたが、タクシーで帰ることを伝えた。
それでも用心深く、風見さんに後ろをついて行かせるとは言っていたが。
「・・・ひなた」
別れ際、彼の顔が徐ろに近付いてきて。
キスをされるんだと分かった瞬間、体が反射的に動いた。
「・・・っ・・・」
咄嗟に彼の口に手で蓋をした。
別にキスをしたくなかった訳では無い。
寧ろ、したい気持ちでいっぱいだった。
「・・・帰って、きたらね」
そういう不安があったからだろうか。
願掛けのような、不吉な伏線のような言葉を吐くと、彼の口から手を離した。