第87章 飲んで※
「待って、落ち着い・・・っ」
「十分に落ち着いているつもりだが?」
目の前にいるのは確実に降谷零だ。
それは確信できる。
でも、それなのに安室透として接するのが、どこか不安を覚えてしまう。
「本当にひなたが嫌ならやめる」
そう言って両手を上げる彼は、少しだけ笑みを含んでいて。
ああ、また。
その言い方は、ズルい。
彼は私が拒絶しないのを分かっているから。
できないのを、知っているから。
そんな余裕な笑みが作れるんだ。
「ただ、やめるのはただの愛し合いだけだ」
「・・・?」
言葉を付け足した彼を再び小首を傾げながら見上げると、目が合った瞬間に体を壁へと勢いよく押し付けられた。
「・・・ッ・・・!」
言葉の意味も状況も分からないまま乱暴にバスローブを剥ぎ取られると、下着も付けていない素肌が簡単に晒されて。
咄嗟に体を手や腕で覆い隠すが、その両手は直ぐに掴まれ、体と同じように壁へと彼の手によって貼り付けられた。
「お仕置きは、させてもらう」
「・・・っ!」
どうしてそうなるのか。
なんて事は今更言える訳も無い。
「透さ・・・っ、待って・・・!」
「残念だが、安室透はいつまでも大人しく待っていられる程、利口では無い」
嘘だ、どちらかと言えば降谷零の事だろうに。
今は呼ぶ名前こそ安室透だが、実際は安室透でもないはずだ。
・・・いや、今そんなことはどうでも良い。
思わず壁に押し付けられている手を振り解こうと動かしてみるが、驚く程にビクともしなくて。
男女の力の差というものを痛感すると共に、悪寒のようなものが背筋を駆け抜けた。
「ここか、ベッド・・・どちらにする?」
する事自体は嫌じゃない。
寧ろ、もう体は疼いてしまっている。
嫌なのは、この状況下でするということ。
でもそれこそが、お仕置きというやつなのだろう。
「べ、ベッド・・・が、良い」
その二択であればと、楽しそうにも切なく笑みを浮かべる彼に、小さくポツリとそう答えた。