第87章 飲んで※
脱衣所の扉に手を掛け、徐ろに開けた瞬間。
「・・・!!」
ふいの出来事で声も出なかった。
「目が覚めたか?」
目の前には、居ないと思っていたはずの彼が濡れた髪をタオルで拭いている姿があって。
「ど、して・・・」
「どちらかと言えばこちらの台詞だな」
安心した、ということに間違いはないけれど。
戸惑いというのも少なからずはあって。
「きゃ・・・!?」
強めに腕を引かれると、上半身にだけ服を身に付けていない彼の体に飛び込むように、体を倒れさせた。
「ここか、ベッドか、どっちが良い?」
「え・・・?」
何を聞かれているのかは分かっていたけれど、何故聞かれているのかが分からなくて。
「あ、あっちはカメラが・・・」
「じゃあ、ここか?」
そう言ってバスローブの腰の紐を解こうとする彼の手を思わず掴んだ。
「そうじゃなくて・・・っ」
混乱し過ぎて、自分の方がおかしくなっているのかとさえ思う。
彼がここで悠々とシャワーを浴びていることも、いつの間にか気を失っていたことも、急に彼が事に及ぼうとしていることも。
疑問だけは沢山あるのに何一つ答えは見つけ出せなくて。
「・・・カメラは全て取ったから安心しろ」
私の前に垂れていた髪の毛を耳に掛けられながら、耳元で優しくそう囁かれて。
最初から私の疑問や不安を感じ取っていたであろう彼が、その内の一つを解決させた。
でもその解決法は、別の不安も生むものだった。
「大丈夫なの・・・?」
そのカメラを仕掛けたのは組織の人間だ。
それを取り外すということは、彼らに反発するようなことをしている事になるけど。
「構わない、心配するな」
それだけの答えでは十分に納得はできなかったが、それ以上深く答えを求める事もできなかった。
再びバスローブを脱がしにかかる彼の手を止めるのに必死で、それどころではなかったから。
「待って、待って零・・・!」
「ひなたが焚き付けたんだろ」
違、わないけど。
違わないから、それ以上無理に止めることもできなくて。