第86章 刻んで※
「気を抜くと直ぐにその名前で呼ぶだろう?」
それには反論できない。
気を付けてはいるものの、二人きりでそういう行為の最中は尚更。
「・・・指は、その為?」
口を塞がれた手を両手で外しながら、口内に含まされた指の真意を問いかけた。
「それもある」
それも、か。
他の理由も気になる所ではあるが、それよりも気になるのは。
「ほ、本当に入るの・・・?」
話しながらも着実に取り払われていく衣服達。
床に落ちたそれらを見れば、妙な背徳感に襲われた。
「そんな顔じゃ、どっちみち部屋には戻れないだろ」
困ったように笑いながら、今度は少し雑に指で涙を拭われた。
目の前にある鏡に映った自分の顔を見れば、メイクの崩れた酷い姿が目に飛び込んできて。
「ごめ・・・っ」
「どうしていつも謝るんだ」
そればかりは反射的、としか言いようがない。
こういう所から直していかなきゃいけないんだろうけど。
「服を脱いでいるから、ひなたは先にシャワーを浴びているといい」
「・・・分かった」
早くメイクだけでも落としておきたい。
そう思い、既に何も纏っていない体を素早くシャワールームへと向かわせた。
部屋もそうだったが、シャワールームもやけに広い。
所謂、そういう事をするホテルではなさそうだが、普通の部屋という訳でもなさそうだ。
・・・少し、ランクが高めといったところだろうか。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を流し終えると、脱衣所に備え付けられているものよりも少し小さい鏡に、その顔を映して。
情けない顔をしている。
こんな顔ではバーボンの女としていられない。
両頬を強めに叩くと、シャワールームに音が反響して。
ヒリヒリと少し痛んだが、目は覚めた。
勢いで身体を洗い、髪を流している最中、遅過ぎる異変に気が付いた。
・・・零が来ない。
服を脱ぐと言っていたのに。
あまりにも遅過ぎる。
シャワーを止めると、髪から水をぽたぽたと垂らしながら、シャワールームの扉に手を掛けた。