第86章 刻んで※
徐ろに壁についていた手を何故か私の後ろ首の辺りへと伸ばし、それを引き戻すと指で摘まれた何かを見せつけて。
「!」
視界にそれを入れると、思わず目を見開いた。
その手にあったのは見覚えのあり過ぎる盗聴器で。
「・・・ひなたがいなくなれば、変わる者がいることを忘れるな」
・・・これは、以前私が作ったものだ。
それが私に取り付けられていた、そして彼の言葉から察するに、ジン達と車内でした会話は全て聞かれていたという事で。
これで彼が怒っている理由は、ハッキリした。
「ご、ごめん・・・」
盗聴器が指先で潰された瞬間、ぴくっと小さく肩を震わせて。
言ったことは取り消せないし、取り消すつもりもないけれど。
それを言えば彼はまた怒るのだろう。
私は彼の為に死ねるなら本望なのだと。
「・・・!」
暫くの沈黙の後、彼は強く、苦しいくらいに私を抱き締めて。
「・・・傍に居てくれるんじゃないのか」
「!」
「離れないんじゃなかったのか」
「・・・・・・」
何も、言えなかった。
彼の迷惑になりたくないという思いこそが、迷惑になっていたのだから。
「・・・ごめん」
「それは、約束は守れないという謝罪か?」
それにも、何も答えられなかった。
現に、私の行動や思考は彼の言葉通りだった。
ずっとずっと、矛盾していた。
それは今回だけではなく、何度も。
彼が怒るのは当たり前のことで。
彼が私を見捨てても、仕方がないことで。
今更気付いたって遅過ぎる。
違う、なんて言うことだって、おこがましい。
「・・・僕がいると、ひなたが壊れていく気がするんだ」
何も言えない、彼の背中に腕を回すこともできないまま黙っていると、彼はそう切り出して。
「私は・・・」
零が居ないと、壊れてしまう。
そう思っている。
・・・のに。
「・・・わたし・・・っ」
思っているのに。
『降谷さんには貴女が必要なんです。だから、もうこれ以上、あの人の前から居なくなることは・・・やめて頂きたいんです』
以前、風見さんに言われた言葉が脳内を埋め尽くした。