第86章 刻んで※
「・・・・・・!」
手が触れた彼の胸から、伝わってくる。
「どうかされましたか?」
「い、いえ・・・っ」
彼の言葉に思わずそこから手を離してしまったけど。
さっき感じたのは、間違いではないはず。
「・・・っ・・・」
彼のいつもより強く、速い鼓動は。
「・・・無理をするなよ」
彼のベストのボタンへ手を掛けたとき、後頭部を引き寄せては耳元でそう囁かれた。
無理・・・は、していないつもりだけど。
そう思われてしまったのなら、この行動は失敗とも言えるかもしれない。
「してない・・・っ」
限りなく小声で、彼にだけ聞こえるように。
でも精一杯力強く答えると、何故か震えてくる手でボタンを外していった。
「・・・・・・」
本当に勢いだけで言ってしまったものの、ここからどうすれば良いのかは全く分かっていなくて。
無理をするなと言った彼の言葉も、半分は本心だろうが、半分はきっと挑発に近いものだろう。
できるものなら、という。
「・・・?」
シャツのボタンへと移り、あと一つ外すだけとなった時、ふと見上げた際に見えた彼の視線は、想像していたこちらとは違う方を向いていた。
顔だけは私の方を向いている。
でも視線は右や左と、辺りを見回しているようだった。
恐らく、カメラの数を把握しているのだろうけど。
「手が止まっていますよ」
「・・・っ!」
ワンピースの裾から太ももを這い、彼の手が滑り込んできて。
言葉の後、交わった視線に肩を震わせた。
彼は一体、いくつ目を持っているのか。
そんなことを疑いながら慌てて最後のボタンを外すと、相変わらず筋肉質な彼の体がシャツの隙間から顔を出した。
吸い込まれるようにそこへ手の平をつけると、ゆっくり上へと滑らせて。
さっきの鼓動が本当だったのか確かめる為に、自然とそこへ伸びていった。