第86章 刻んで※
「と・・・る、さ・・・ッ」
その名前なら良いのだろうと、頼んでもいないのに溢れてくる涙を零しながら口にすれば、一瞬だけだが彼の動きが止まって。
そして細く長い溜息を吐いたかと思うと、ベッドの上で軽く座り直した。
「・・・っ・・・」
片手で前髪をかき上げる動作に、少し心臓を跳ねさせて。
その手にはめられた手袋の指先を少し噛むと、そこからスッと手を引き抜いた。
「貴女の甘い声以外の言葉は、今は要りませんよ」
そう言いながら、手袋を失った彼の人差し指が昨日のように手の甲側から口内に入ってきて。
「んぅ・・・ふ・・・っ」
呼んではいけなかったのだろうか。
そんな後悔、今更遅過ぎるのに。
「・・・っンん、ぅ・・・!!」
下着を取り払われ、手袋をしたままの方の手は、容赦無く腟内へと指を侵入してきて。
それが初めてでは無いにしろ、妙なその感覚に思わず瞼を閉じた。
「・・・ッ、ん・・・」
・・・昨日と重なる。
先程から何度も、そう思ってしまう。
「・・・噛んでいて構いませんよ」
その言葉も。
結局、どの彼からの言葉だったのか今は分からないけれど。
「んんぅ、ン・・・!!ふ、ぅ・・・んぅ・・・ッ」
手袋の厚みのせいで、いつもより質量を多く感じる。
触られている感覚も、何故かやけに強くて。
そこに快楽はある。
けれど、どこか明確では無く、不安の方が強くも思えた。
昨日と場面が重なることが安心でもあり、それが不安要素でもあって。
「・・・ん、ぅ・・・っ」
噛んでいるつもりはないが、気付けば彼の指に歯を立てている。
口内に入ってきた直後は冷たかった彼の人差し指も、舌と吐息があたる度、段々と熱を帯びていって。
「っ、んく・・・ふ、ぅ・・・ッ!!」
くぐもった声にも甘さが足されていく。
正直今は達したくないけど。
快楽に抗えるはずも無く。
「・・・ッ、んンぅ・・・っん!!」
なるべく声を押し殺して。
彼の手を強く掴んで、彼の手で堕ちていった。