第86章 刻んで※
「生きて返すとは言っちゃいねぇよ」
・・・最初から、ここで殺すつもりだったんだろうか。
バーボンが着いてきていることを確認した上で、本当に彼にとって私が必要な人間であるかどうか見極めてから。
「そうですか」
なら、どうぞ。と体の力を抜けば気持ちも楽になって。
「私一人死んだところで、何も変わりませんから」
バーボンが口を開くことも、組織に利益が生まれることも、何も無い。
彼の為では無いものの、足でまといになる前に死ねるなら、それはそれで構わない。
バーボン・・・零の不利益になる前に、迷惑になる前に死ねるのなら。
「いい度胸だ」
前を向いたままでも、照準はしっかりと私を捕らえていて。
何度も銃を向けられていれば慣れるものなのか。
そう思いながらゆっくり瞼を閉じて。
「兄貴・・・!ベルモットとの話がつかなくなりやすぜ・・・」
カチャリと銃が音を立てた瞬間、そこに割って入ったのはウォッカだった。
その声に閉じていた瞼を上げると、ウォッカの後ろ姿へと目を向けて。
「・・・・・・チッ・・・」
小さく舌打ちをすれば、またしてもジンは銃を引き下げた。
今、ウォッカがベルモットと言ったのを聞き逃すはずが無かった。
彼女が何か手を回したのだろうか。
だとしたら何の為に。
・・・本当に彼女だけは、行動理由が全く分からない。
ーーー
三十分程車を走らせたその間、何事も無かったかのように車内は無言で静かな時間が流れた。
恐怖を大きく通り越せば何も感じなくなる事を痛感していると、車は突然止められて。
「降りろ」
言われなくても、と心の中で言い返しながらポルシェから降りると、後ろにはバーボンの車も止められていた。
「ひなた!」
降りてくるなり駆け寄ってくる彼が視界に入って。
なるべく平常心を保っているつもり。
それは私も、バーボンも同じのようで。