第86章 刻んで※
「私に・・・用なんですよね」
ここは自ら行くしかない。
どっちみちそれしか選択肢なんてないから。
「そうよ、さっさとしてくれるかしら?」
「行かなくていい、ひなた」
バーボンはそう言うけれど。
離れるなと言われたけれど。
「大丈夫だよ」
小さく振り返りながら一言だけ告げて、ポルシェの方へと足を進めた。
「バーボン、貴方も来るのよ?」
「・・・どういうことですか」
ベルモットの側へと立ち、バーボンの方へと体を向けると、彼女に背中へ硬い何かを当てられて。
きっとこれは・・・拳銃。
バーボンから見えないように構えるあたり、タチが悪い。
「言ったでしょ?この子に聞きたいことがあるって。用は本当にそれだけよ」
・・・だったら尚更、ここで聞けば良いのに。
わざわざ別の場所へ移動するということは、考えられるのは、拷問に掛けられるか・・・手っ取り早く殺されるか。
「後ろから着いてきてくれる?そこでこの子猫ちゃんは返してあげるわ」
ベルモットはそう言いながら、私をポルシェの中へと詰め込んで。
あまり広いとは言えない車内に乗り込んだ途端、もう逃げられないんだという事実を強く感じた。
・・・逃げるつもりも無いが。
「要らないっていうなら構わないけど」
「僕のものですから。きちんと拾いに行きますよ」
そうとだけ言い残し、彼は自身の車へと戻っていった。
「ウォッカ、出せ」
「了解」
ジンの合図で二人がポルシェへと乗り込めば、この上無い威圧感で潰されそうになって。
「ねぇ、子猫ちゃん」
何故かポルシェに乗ろうとしないベルモットは、開けられたドアの隙間から覗き込んで私に声を掛けた。
「貴方、彼が警察官だって知ってるんでしょう?」
・・・何故、警察官だと断定された話なのだろう。
意外にも、その質問に対する動揺は限りなく小さかった。
「もし彼が警察官でも、私は彼という人を愛しているんです。組織に不都合な事だったとしても知りません」
それはただの揺るぎない事実。