第86章 刻んで※
「いいからその子を渡してくれる?ちょっと聞きたいことがあるのよ」
「だったらここで・・・」
彼がそう言いかけた時、車の扉が開く音がして。
唯ならない気配に、思わず振り返ってしまった。
「・・・・・・っ」
誰がいるかは分かっていたのに。
ドクンっ、と大きく心臓を抉られるような感覚と共に視界に入ったのは、真っ黒なコートに身を包んだ銀髪で長髪の男性の姿。
「ジン・・・」
バーボンだけに聞こえるような声で呟けば、私を抱える彼の手に更に力が入った。
「立場が分かっていないようだな?バーボン」
「・・・!」
カチャッという金属音と共にジンに向けられたのは、拳銃だった。
この男なら構わず撃つ。
それは実体験から得た教訓。
それが私に向いていたのか彼に向いていたのかは分からなかったけれど。
考えるより先に、体が動いていて。
気付けばバーボンの腕から離れ、その前へと立ち塞がり両手を広げていた。
「・・・相変わらず、目障りな猫だ」
言いながらジンは銃口をこちらへ向けたが、その瞬間に今は撃たないと思った。
・・・サイレンサーがついていない。
この音が響きやすい地下駐車場で発砲なんてしない。
確証は無いけれど、無駄に自信だけはあって。
「バーボンを撃ったら許しません」
キッと睨みつけながら、そう言い放った。
さっきまでの震えは何だったのか。
嘘のようにピタリと止まり、啖呵まで切って。
私のそれを見聞きしたジンは暫く私を見つめた後、クッと短い笑いを吐くと、静かに銃を下ろした。
「よく躾られているな、そこだけは褒めてやる」
仕舞われたそれを確認すると、深くゆったりとした溜め息と共に腕を下げて。
「ただ、噛み付く相手を間違えるな」
低く、恐怖しか感じない声で言われると共にするどい眼光で睨みつけられ、一瞬で体が強ばった。
これが・・・冷酷に何人もの人を葬ってきた人間の眼、か・・・。