第86章 刻んで※
「・・・やっぱり、私のじゃ動揺しない・・・?」
長いキスの後、上目で見上げながらそう尋ねると、彼は一瞬目を丸くして。
恐らく、聞いた直後には何の事か検討がついていなかったのだろう。
でもすぐにさっきの私の行動の事だと察すると、その目はフッと柔らかくなって。
「充分したさ」
「嘘・・・っ」
だって、彼の心音は何も変わらなかった。
起きていたのにそうだとしたら、平常心を保っていたということで。
つまりは動揺なんて微塵も・・・。
「・・・!」
試すようなことをしたのは自分なのに。
何に怒っているのだろう。
彼の手が頬に触れた瞬間、そんな軽い反省の気持ちが浮かんできて。
「公安警察を舐めてはいけない」
更に体を引き寄せると、低い声で耳元でそう囁かれた。
その声がずっと耳に残るようで。
反射的に囁かれた耳に手を当て塞いだ。
「・・・・・・」
公安警察。
彼のその言葉に、深く安心を覚えた。
それはきっと、今の彼が降谷零だとはっきり確認できたからだろう。
「・・・ひなた」
「何・・・?」
私を抱き締める彼の手の力が僅かに強まった。
・・・こういう時は大概、言いたくないことを言う時だ。
「すまないが今晩、僕と一緒に来てくれないか」
さっきまで穏やかだった心拍が・・・早くなっている。
「分かった」
何となく、察した。
何処に行くのかではなく、誰と行くのか。
きっと今日の夜、彼は降谷零ではない彼になるのだろう。
・・・少し私が苦手とする、あの彼に。
「本当は一日空けていたんだがな」
「どこか行きたかったの?」
といっても、差す陽の光具合から見て、もう昼前だろうけど。
「いいや?」
「!!」
クスッと笑いを含みながら答えると、彼の手が太ももを優しく撫でて。
それに体を小さく震わせると、彼の胸に手をついて突き放そうとした。