第86章 刻んで※
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「・・・・・・っ」
頭が痛い。
目が覚めたと気が付いたのと同時にそれを感じて。
ゆっくり瞼を開けると、目の前には彼が居た。
ベッドの上、上服を纏っていない彼の腕の中で眠ってしまっていたようだ。
素肌に包まれている為、彼の体温を名の通り肌で感じる。
「・・・・・・」
眠っているように見えるが、また狸寝入りだろうか。
名前を呼んだって、返事はしないだろうけど。
そう思いつつも、一応と思い彼の名前を口にしようとした時。
「・・・っ、・・・」
何て、呼べば良い?
呼びたい名前を呼んで良いのか、それとも意識を失う前に呼んでいた名前を呼ばなくてはいけないのか。
戸惑いつつも、別で彼が起きているかどうか確認する方法を必死で探した。
「・・・!」
あまりこういう事はしたくないけれど。
少し興味本位という思いもあって、思い付いた方法を試してみることとした。
静かに手の平を彼の胸元へと当て、心音を確認して。
ゆったりとしたそれを感じとると、顔を上げて優しくキスをした。
こんなものに彼が動揺するかは分からないけれど。
試してみるだけしたくなった。
「・・・・・・」
暫く彼の心音を手の平から感じていたが、本当に眠っている為か、それに変わりはなくて。
それなら一度シャワーを浴びようと、彼の腕の中から半身抜け出した、その時。
「どこへ行くんだ」
「・・・!!」
突然彼に腕を引かれ、同じ体勢へと一気に引き戻された。
「やっぱり起きてた・・・!」
「ひなたがキスで起こしてくれたんだろう?」
違う、と首を振りながら顔が熱くなっていくのを感じて。
何だか似たようなことがあった気が、と不鮮明な記憶に惑わされつつ、彼の胸へと額を押し付けた。
「おはよう、ひなた」
「!」
優しく名前を呼ばれ、頭を撫でられながら抱きしめられた。
さっきまで、迷って呼べなかった名前。
今ならちゃんとはっきり呼ぶことができる。
「・・・おはよ、零」
目覚めの挨拶の後、どちらからとも言えない、長いキスをした。