第11章 秘密の
「昨日の方は名前も知らない通りすがりの方です」
「そういうことにしておきましょうか」
沖矢さんと同じような言い回し。この時ばかりは透さんの顔が見れなくて。
つくづく、探偵というのは嫌な職業だと思った。
「できました、冷めないうちにどうぞ」
「・・・ありがとうございます」
少し震える手を必死に抑えてスプーンを握った。
美味しいのだとは思う。
正直その時は味わうことなんてできなくて。
せっかくの透さんの料理なのに。
「・・・美味しいです」
「それは良かった」
また嘘を一つ重ねた。くだらない嘘も数えたら、私は彼に一体いくつの嘘をついてきたのだろうか。
そんなことを思いながら、淡々と作業をする透さんを横目で見ながら、シチューを口に運んだ。
「ごちそうさまです」
全て食べ終え、食器をカウンター越しにいる透さんへ手渡した。
「お粗末さまでした。食後のデザートはいかがです?」
「・・・いいんですか?」
「すぐ準備します」
昨日のことはなかったように。決してまだ良い空気とは言えないけれど。それでも透さんと少しでも長く一緒にいたいと思うのは事実であって。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ケーキと一緒にミルクティーを差し出されて。一口それを胃に流し込むと、どこか心が落ち着いていくようだった。
「そういえばひなたさん、来週末空いてます?」
「来週末ですか?空いて・・・」
そう言いかけてさっきの沖矢さんとの約束を思い出す。
「す、すみません、来週末は用事が入ってしまってて・・・」
「そうですか。ちょっと手伝ってもらいたい仕事があったんですが、残念です」
罪悪感だらけで潰れてしまいそうだった。透さんに捜査の協力をさせてほしいと頼んだのは私なのに。
何故か私が透さんを疑って捜査している形になっていて。
「すみません・・・」
「そんなに謝らないでください。でも、外へ出るならきちんと連絡くださいね」
「・・・分かりました」
その日も嘘をつかなきゃいけなくて。
いつまで彼にこんなことを続けなくてはいけないのだろう。
せっかくのケーキも味なんてしなくて。
不安定な気持ちと関係がいつ崩れるか分からない恐怖に身も心も壊れてしまいそうだった。
もうこのまま私がいなくなれば良いんじゃないか、という気さえしてきて。