第85章 覚えて※
思っていたよりも、記憶の回復は早かった。
それは思い出したいと思えたからだろうか。
風見さんや、沖矢さんの影響は少なからずある。
寧ろ・・・それが大きかった。
「もっと・・・バーボンにも安室透にも、そして降谷零にも見合う人になるから」
緩い笑みを作り、彼に視線を戻しながら記憶が戻っている事に確信付くように言えば、僅かに彼の目が見開いた。
それは私にとっての今の決意。
兄が居なくなってから、どこか生きる理由を探している気もする。
「・・・自然体なひなたが居てくれるだけで良い」
・・・少しだけ、悲しい目だ。
私が記憶を取り戻したことを、彼は悔いているのだろうか。
「バーボンの時はそうもいかないでしょ」
それを思い出したことによって、さっき彼が言いかけた事も、何となくだけれど分かった気がして。
『バーボンの愛人のつもりで。』
恐らく、そういう類の事を言いたかったのではないだろうか。
でも私がそれを思い出していない事を察したから、言うのをやめたのではないか、とも。
あの情報屋に会う時、彼はあの男の前で自分を安室透と呼べと言ってきていた。
だからあの男に近付く時はバーボンのつもりで。
でも、あくまでも安室透として会っていたのではないだろうか。
雰囲気は限りなくバーボンに近かったが、今思えば・・・心の奥底に降谷零を隠していた気もする。
それは公安警察としての意識からか・・・はたまた私のせいかは分からないが。
「ひなたは何も気にしなくて・・・」
「駄目だよ、思い出したからには」
逃げるなんて許されない。
逃げるつもりもない。
・・・沖矢さんに一つ借りができたようで複雑な気持ちも残るけど。
「・・・そう、だな」
彼の諭すような目付きが、僅かに変わった。
何か決意を固めたような、真剣な表情と共に。
「ひなたは頑固だから聞く訳ないな」
小さな溜め息と共に、零の手が頭に乗って。
目と目が合えば、互いの覚悟を感じ合った。