第85章 覚えて※
「可愛い」
「・・・・・・」
あぁ・・・懐かしい。
彼は元々こういう人だった。
恥ずかしいことを簡単に口にしたり、行動に移したり。
それで不安を感じたこともあったっけ。
「・・・?」
呆然と考え込みながら見つめれば、彼は小首を傾げてみせて。
・・・私は、彼にとってどう映っているんだろう。
どうして私みたいな人間を傍に置くのだろう。
それを聞いた事もあるけれど、本当かどうかなんて分からない。
彼が嘘をついているとは言わないが・・・信じ難いのは確かだ。
「ひなた?」
ちゃんと彼の傍にいられるように・・・相応しい人にならなきゃ。
だって私は・・・・・・。
「・・・・・・!」
彼の手が頬と唇から離れ、私の顔の前でそれをヒラヒラと振られた時、私が彼の何であるかを思い出した。
正しくは、バーボンの・・・何であるか。
「・・・バーボン」
「!」
小さく、呟くようにお酒の名前を口にして。
それを耳にした彼は目を丸くして驚いた様子を見せた。
「ひなた・・・」
彼もつられるように、私の名前を呟いて。
その表情には戸惑いも心配も見えたが、一番彼から伝わってきたのは、恐怖に似たようなものだった。
・・・恐らく、彼が言っていた思い出してほしくない自分とは、バーボンのことだったのだろう。
思い出してみれば・・・何となくその理由が分かった気がする。
そして案外こういうことまで、簡単に思い出せてしまうものなのかと視線を落とした。
「・・・大丈夫だよ」
見なくても伝わってくる彼の不安を拭うように、支線はそのまま口だけ動かした。
「全部、零だから」
彼がそこを気にしているかは分からないけど、私の言葉に何も言ってこないのを見ればそれは明確で。
忘れていようが、思い出そうが、彼への気持ちは変わらない。
寧ろ、それを経験してきているから今がある。
思い出さなくても良い彼なんて、一人も居ないし、そんな記憶は残念ながら持ちあわせていない。