第85章 覚えて※
「うん、まだ。零は・・・?」
「僕もだ。体には良くないが、一緒に食べないか?」
その言葉に笑顔で頷くと、彼も優しい笑顔のまま私の傍を通り過ぎながら、頭にポンっと手を置いて。
・・・いつもの彼だ。
けど、どこか違うとも感じる。
知らない訳では無いはずなのに。
何故か少しだけ・・・彼が、怖いと思ってしまった。
ーーー
「ありがとう、美味しかったよ」
「零にはまだまだ及ばないけどね」
元々料理は得意ではなかったと聞いたが、苦手なものでも得意分野にしてしまう彼は、やはり器用で天才で、努力家なのだろう。
彼にそう言えば謙遜するのだろうけど。
「・・・零」
「ん?」
食後のコーヒーを飲みながら、徐ろに切り出してみて。
それは本当の記憶なのかどうかすらあやふやな物だったが、だからこそ確かめておきたいと思ったこと。
これから彼と居るにあたって、聞いておかなければならないと思ったこと。
私がこうなってしまった出来事について。
「あの情報屋さんの所に私を連れて行った理由って、何だったの?」
その後ホテルで過ごした事も覚えている。
正しくは思い出した。
その時に彼からは、理由があると言われたけど。
「あまり伝えたくはないが、バーボンの・・・」
そこまで言いかけて、彼は咄嗟に口へ手で蓋をした。
何か言ってはいけない事を言いかけた様に。
「・・・ここまで巻き込んでしまっては、事情を説明しておくしかないな」
再度話を続けるまでに、彼は小さな咳払いを挟んで。
バーボンの何か・・・と続いた為、私が思い出していないことを伝えるのに、気が引けたのだろう。
だから敢えてそこを追求することはしなかった。
「あの男は売人だ。美術品から麻薬、臓器、そして人間までもを売る。時にはブローカーの様な事もしていたらしいが」
売人・・・あの男が言っていたことは本当だったんだ。
「世界各国を行き来しているようだが、今は日本で仕事をしているという情報を聞きつけた為、公安が動いた」
だからFBIもあの男を。
つくづく、そんな男と少しでも二人で居たなんて恐ろしいことこの上無い。