第85章 覚えて※
「いつもすみません」
「いえ、お気になさらず」
風見さんが事務所まで迎えに来ると、すぐ側に止められている車へと乗り込んだ。
助手席に座りシートベルトを締めると、それは速やかに出発して。
「・・・・・・」
零の家までさほど時間が掛かるわけではないけど。
でも、この沈黙は少しだけ辛い。
「あの・・・」
何か話題をと思い、ただ真っ直ぐに前だけを見て運転する風見さんへ徐ろに声を掛けた時だった。
「あの時は、すみませんでした」
私が何かを言う前に、風見さんは突然そう謝罪の言葉を口にした。
「な、何がですか・・・?」
風見さんに謝るような事はあっても、謝られるような事があっただろうか。
「あの後・・・降谷さんに絞られました」
・・・ということは、風見さんと最後に会ったあの日のことか。
「大丈夫でした・・・?」
「・・・大丈夫です、と言えば語弊があるかもしれません」
そう言いながら、困ったように少し笑う風見さんにつられて、僅かに笑いが漏れて。
「怒ると怖いですもんね」
「・・・如月さんも怒られる事がおありで?」
「それなりには」
でもそれは私や風見さんのことを心配しての事だから。
風見さんも私も、零の事が好きだからそれはきちんと理解している。
今回の事は少し違うかもしれないけど。
「・・・・・・!」
そういえば・・・今、降谷零との記憶があった。
まるで、最初から忘れていなかったような、いつものあの感覚。
今までの心配する彼の顔が、目の前に浮かんでくるようで。
もう消えた記憶なんて無いんじゃないかと思うくらいに、今までの彼を覚えている気がした。
「明日は降谷さんが居てくれるそうです。また何かありましたら、いつでも連絡してください」
「あ・・・はい、ありがとうございます」
風見さんの言葉で、もうそこが零の家だということにようやく気が付いて。
車から降り、別れの挨拶を交わしたが、まだ風見さんは近くでここを見張るのだろう。
それにまた申し訳無く思いながらも、足早に部屋へと向かった。