第85章 覚えて※
あれから互いの体力が許す限り、何度も何度も体を重ね合わせた。
記憶を濃く塗りつぶすように、今度こそ何があっても忘れられないように。
甘くて、苦くて、不思議な感覚ばかりの夜だった。
ーーー
次の日、起きた時にはもう彼の姿は無く、朝食の準備とメモだけが置いてあった。
・・・これは、初めてではない。
それが分かるだけで、今は何度も同じ安心を覚えた。
彼の作ってくれた食事を食べ終え、下の事務所へと降りては早速作業を始めた。
久しぶりの事務所は、珍しく散らかっていて。
彼の時間の無さを感じ取りながら、無造作に置かれている資料の一つ一つを手に取っては纏めていった。
いつの間にか思い出しているその作業は、どちらかと言うと体が覚えているような感覚だった。
やる事は沢山あったものの、夕方には一通りの作業を終える事ができていて。
「・・・と、風見さんに連絡しなきゃ・・・」
交代はしているものの、今日は主に風見さんが近くで様子を伺ってくれている。
体の事もそうだが、暫くは色んな事情から警護をさせてほしいと、零から強く言われたから。
その方が彼も安心できるならと、今はそうする事にしていて。
『はい、風見です』
スマホを取り出し、風見さんの番号へと掛けると、直ぐにそれは取られた。
「あ、すみません。作業終わりました」
『分かりました、すぐそちらに向かいます』
今日は零の家に戻っていてほしいと指示があった。
移動は絶対に一人でするなとキツく言われている為、申し訳ないと思いつつも、零が居ない時は公安の人達にお世話になっている。
・・・そういえば、風見さんと直接会うのは病院で話した時以来だ。
零の傍に居て欲しいと頼まれたあの日、風見さんにとっても零が如何に大切な人かということを思い知った。
でも今の私ができること、すべき事は何なのか、まだよく分かっていないのは否めなかった。