第84章 教えて※
「その時から僕はひなたの事が、好きだった」
平然とした様子のままの突然の告白に、少なからず動揺して。
持っていたフォークと皿が無意識にぶつかり、カチャンッと少し大きな音を立ててしまった。
それに彼は小さく笑いながらも、言葉を続けた。
「でも、その時ひなたが見ていたのは安室透だったから、伝えることはできなかった」
・・・そういえば。
私は公安警察である降谷零を知っているから、今はそれが彼本人だと思い込んでいたけれど。
今朝、安室透という名前を聞いた時・・・ああいう言い方だったとはいえ、どうして安室透が本名だとは思わなかったのだろう。
でも、結局。
「・・・私は、どちらの貴方も好きですよ」
今は勿論、きっと以前の私も。
「ありがとう」
その笑顔に、安心感を覚えて。
そして同時に、思い出せないことへの罪悪感が募った。
どうしようも無いけれど。
本当にどうすることもできないのか。
彼は思い出せなくても良いとは言った。
けれど沖矢さんは、思い出してもらわないと困るとも言った。
できれば私も、思い出したい。
その為に・・・何をするべきなんだろう。
「食後に何か入れようか」
いつの間にか食べ終えていた食器を下げながら、彼はカウンター内へと入っていって。
「・・・透さんの、おまかせで」
降谷零ではなく、安室透の。
「かしこまりました」
その時の貴方を、教えて欲しくて。
ーーー
「どうぞ」
「ありがとうございます」
良い香りと共に差し出されたのは、ティーカップに入ったミルクティーだった。
「最後に飲んだ紅茶があの男の物というのは、癪なので。それに、これは僕にとっても思い出深いものですから」
ミルクティーが、思い出深い・・・。
いつも二人で飲んでいた、とかだろうか。
そういう記憶を辿ってしまうと、悔しくも沖矢さんの記憶ばかり出てくるのだけど。
「いただきます」
まだ熱いそれをゆっくりと口に運ぶと、良い香りが鼻を抜けて。
ほんのりとした甘さが、心を落ち着かせてくれる。
沖矢さんの入れたものも勿論美味しくはあったが、あれには無い特別感が感じられる物だった。