第84章 教えて※
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「・・・知ってる」
彼の車に乗って、近くの駐車場から二人で歩いた。
彼は外に出ると、私から僅かな距離も取ろうとはしなかった。
・・・逃げなんて、もうしないのに。
ポアロに着けば、やはりそこには見覚えがあって。
正しくは、思い出したと言うのかもしれない。
「私、働いてた・・・梓さんと・・・」
今朝彼から聞いた名前が、覚えているつもりになっていた事も。
・・・でもどうして、梓さんの記憶までが薄れてしまっていたんだろう。
そして。
「じゃあ、仕事は問題無さそうか?」
「あ・・・うん、大丈夫」
・・・あと何か。
何か大事な事を忘れてる気がする。
すぐそこまで・・・出かかっているのに。
また、蓋がされてしまってる。
「ひなた」
「はい・・・っ」
いつの間にか開けられていたポアロの扉を押さえながら、彼は中へと手招きしていて。
それに気付いて慌てて店内へ入ると、何故か彼は入口の鍵を閉めてしまった。
「もう一つ、大事なことを伝えておく」
「・・・何・・・?」
扉に背をつけ、そこへ追いやられるように彼の腕が顔の横についていて。
「訳あって、僕は外では安室透という名前で過ごしている」
・・・安室透。
そこまでは・・・知っていたけれど。
そこまでしか、知らなくて。
「ひなたはここを含め、二人の時以外は僕に安室透として接してくれ」
・・・どうやって、どのように、接すれば良いだろう。
降谷零に対してだって、まだ手探りなのに。
「君は僕を、安室透と呼べば良いだけだ。それ以外は好きに接してくれて構わない」
そう、言われても。
できるかどうかは分からないけど。
「・・・分かりました」
いや。
できるかどうかでは無く、しなくちゃいけないんだ。
敢えて彼がそれ以上の指示を出さないのは、記憶の擦り込みがあってはいけないからだと思うけど。