第83章 戻ると
「返事は待つよ。ひなたが・・・」
待たなくて良い。
最初から答えなんて決まってる。
「私を、零の傍に・・・置いてください」
すかさず、そう答えた。
その瞬間、彼は目を大きく見開いて暫くの間動きを止めてしまって。
「・・・零?」
変な事を言ってしまっただろうか。
それとも、必死過ぎるように見えて引かれてしまっただろうか。
実際、必死にはなってしまったけれど。
「すまない・・・やっぱりひなたは、変わらないなと思って」
「?」
どういうことかと小首を傾げるが、彼はそれ以上教えてはくれなかった。
「今度こそ、離れるなよ」
ゆっくりと立ち上がりながら、彼の顔が近付いてきて。
そっか、記憶の無い私に・・・躊躇っていたのか。
恐らくこれが、彼の言う捻じ曲げてしまうのでは、ということだったのだろう。
でも、今度はお互いに躊躇い無く。
「・・・はい」
唇を触れ合わす事が、できる。
ーーー
「ポアロ?」
「ああ、覚えてないか?」
あれから一週間程経った頃。
副作用が出る事は無く、体調も落ち着きを見せた事から、退院を許可された。
彼の家へと帰って三日目の朝の事、聞き覚えのある店名に懐かしさを感じて。
「覚えてる・・・多分」
店名には聞き覚えがあるのに。
何故か他はぼんやりとしていて。
彼の他にも覚えていない事はあるのかと、その時初めて気が付いた。
「僕が仕事の間、そこで待っていてくれないか。今日は梓さんも居ないことだし」
「もしかして私、そこで働いてた・・・?」
確信は無かったけど。
なんだかそんな気がして。
私の・・・大切な場所だった気が。
「ああ、少しだけな。厳密には働いている、だが」
どうやって生活していたのか分からなくなっていたが・・・そっか、私ちゃんと働いてたんだ。
「お手伝い、しても良い・・・?」
何もせずに待つだけは、流石にできない。
ましてや、店員であれば尚更。
「・・・様子を見ながらな」
「?」
僅かにあった間に少し疑問を持ちながらも、彼と一緒に支度を始めて。
これがきっかけになるなんて、この時は思いもしなかった。