第83章 戻ると
「だっ・・・て、・・・」
・・・あの時は証人保護プログラムを受けるつもりだったから。
あのまま貴方を本当に忘れて、他人になろうとしていました。
なんて、言えない。
「・・・いや、やっぱり言わなくていい」
突然の前言撤回と共に、重ねられていた手は強く私の手を握り締めて。
「思い出せなくても良い僕を思い出した時に、改めて聞かせてもらう」
そう言った彼の口角が僅かに上がったように見えたのは、気の所為だろうか。
早く思い出したいと思うと同時に、身構えが強くなったような気もする。
「今日はもう遅い、ゆっくり休んでくれ。また明日来るよ」
徐ろにベッドから立ち上がっては、掴まれていた手がゆっくり離れそうになって。
それに大きな不安のようなものを感じて。
思わず。
「・・・っ・・・」
その手を掴み直してしまった。
「ひなた?」
困惑した表情で私を見つめられて。
何も言えないまま、今度は私から力を込めて、見つめ返した。
「最後に・・・キスだけ、して・・・ほしい、というのは・・・我儘ですか・・・」
本当は離れたくないけど。
せめて、キスだけ。
それが欲しいくらいには、貴方に溺れてしまっている。
「・・・一つ、言い忘れていたな」
「?」
少し、改まったように体を向き直されて。
真剣な表情を作った彼は、私の手を取ったまま床に軽く膝をついた。
「れ・・・」
何をしているのかと慌てた直後、彼の唇が私の指先へと触れた。
「僕と、付き合ってほしい」
「・・・っ!」
真っ直ぐな目で。
私だけを見つめて。
「付き合って・・・なかったの?」
てっきり、そうだと思ってたのに。
だから、あんなことを強請ったりもした。
でも、そうじゃないとしたら・・・恥ずかしい事この上無い。
「今のひなたとはな」
「・・・今の?」
そうか・・・彼は、今の私も過去の私も、どちらも大切にしてくれていて・・・。
思い出しても、思い出せなくても、どちらに転がっても大丈夫な様に対処してくれているのか。