第83章 戻ると
「あのティーカップの取手は右側を向いていた。ひなたはいつも右手で持っているし、あの男は左利きだっただろう」
・・・流石、公安警察と言うべきなんだろうか。
あの一瞬でそんな所まで見られていたなんて。
「でも、沖矢さんだって右手で飲むかもしれな・・・」
「それで構わないんだ。あれが右側を向いていればな」
どういうこと。
じゃあ、例え沖矢さんが飲んでいた物だったとしても、わざと右側に向けていたということ?
・・・何の為に。
「どう・・・して?」
「あそこにひなたが居た可能性があるという痕跡を残す為だ」
益々分からない。
だってあの時、沖矢さんは私に隠れるように指示をしていた上に、コナンくんまで巻き込んでいたじゃないか。
私を連れて行ったという可能性を残してしまっては意味が・・・。
「!」
そうか、さっき沖矢さん自身が言っていたじゃないか。
少々手荒に、と。
お互いに思い出したいと思わせる為に、わざわざ沖矢さんはこんな事を仕組んだというのか。
あの時気付くことだってできたはずなのに。
どうしてそんなことに気づけなかったんだろう。
「相変わらず、何を考えているのか分からない男だ」
・・・それは私も同感だ。
彼は沖矢昴の事を言っているのだと思うけど、私の中には赤井秀一も含まれているが。
「それで、何を話した?」
話は逸らせたつもりだったけれど、そう簡単にはいかないようだ。
そもそも、あの家で私は沖矢さんと殆ど話をしていない。
話をしたのは・・・赤井秀一だから。
「・・・本当に何も。零が来ることは分かってたみたいだから、お風呂場に隠れるように言われて・・・その窓から逃げ出した」
証人保護プログラムのことは、今となっては無かった話となっているのだから。
わざわざ口にしなくても良いと思った。
特に、目の前の彼には。
「何故、僕から逃げたんだ」
そう問われながら、彼の手が私の手に重ねられて。
少し冷たいそれが、ひどく懐かしいようで。
昔の熱を取り戻すように、心臓がドクドクと強く脈打った。