第83章 戻ると
「記憶が無くなっていても構わないと思った」
彼が言葉を話す度、全身が心臓のように感じた。
血の流れを感じるような、不思議な感覚で。
「また一から・・・作っていけば良いと思った」
・・・それは、今の私も同じ気持ちだ。
それが許されるかどうかは分からないが。
「でもそれは、同時にひなたの未来を捻じ曲げているようにも感じたんだ」
捻じ曲げている?
「僕に関する記憶が無いのであれば、その方が良いかもしれないとも思い始めた。・・・ただそれは、君のお兄さんに関することを全て覚えていた場合だ」
そう、か。
だからあの時、私を兄のお墓へと連れて行ったのか。
彼と会ったのは・・・兄がきっかけ・・・だか、ら・・・。
「・・・・・・」
あれ、今。
どうして兄がきっかけだと?
「もしお兄さんのことも忘れていて、また調査の依頼に来たら・・・困るだろう」
・・・そうだ、私は兄の末路を・・・彼から聞いた。
忘れていたというよりは、ぼんやり浮かんできたような記憶に、体が浮くような感覚に陥った。
「どこまでの記憶が残っているのか把握する必要があった。でも、ひなたと居れば居るほど、思い出してほしい欲は強くなるだけだった」
・・・それは、私も同じだ。
「でもひなたの記憶の中には、居なくても良い僕がいる」
「・・・?」
居なくても良い・・・彼とは・・・?
「それを思い出させてまで、傍に居てくれというのは・・・気が引けたんだ」
無くなってしまったものをどうこう思うことはできないが、少なくともそれも・・・。
「それも含めて、私は貴方が好きだったんだと思います」
居なくても良い彼というのも含めて。
彼が、どういう彼を指しているのか分からないけど。
でもこの数日、彼と時間を過ごしている内に分かった。
彼は私を何より大切にしてくれていて・・・想ってくれていて。
私には彼が必要不可欠なんだということは、痛い程に。
そして沖矢さんの言葉通りには・・・やっぱりできないことも。