第83章 戻ると
「・・・何を・・・」
「気付いてますよね・・・?貴方に関する記憶が無いこと」
どこか無理をしていたように思う口調を思うままに戻せば、少しだけ楽になれた気がした。
同時に、本当に彼が知らない人と認めたようで・・・悲しくもなった。
密着していた体はゆっくり離され、彼の手は私の腕へと這わされて。
「ひなた・・・っ」
「でも、貴方が好きだということだけは分かる・・・っ、それだけは変わっていません」
彼に縋り付くように、服を掴んで。
困惑を表す彼の目を見ては、言葉を続けた。
「でも・・・思い出せないんです・・・っ」
頭を彼の胸へと押し付けて。
苦しくなる気持ちを必死に押し殺した。
「一度、貴方の前から居なくなる決意をしました」
証人保護プログラムを受ければ、自然とそうすることができる。
「でも・・・っ、でも・・・」
気づけば頬に温かい何かが伝っていて。
「やっぱり・・・離れたくない・・・ッ」
忘れようとした本心が、零れるように吐き出された。
忘れ、逃げて、去ろうとしたのに。
身勝手だとは思う。
でもやっぱり、諦めきれなかった。
「貴方が以前の私を必要としていたのなら、今の私は貴方に必要無いかもしれません。でも、私には・・・っ」
貴方が必要で。
風見さんの言う通りだった。
「ひなた」
俯く私の顔を両手で包みながら上げられると、同時に唇へ柔らかい感触を受けた。
「ん、・・・っ」
唇を唇で挟むような、もどかしいものだった。
それでも、不思議と満たされていくこの感覚は何なのだろうか。
「すまない」
再び悲しい目をして一言謝罪の言葉を口にした彼に、不安だけが溢れた。
どうして謝るの。
どうしてそんなに悲しい目をするの。
どうして。
「れ・・・」
貴方の名前を、呼べないの。