第83章 戻ると
「!」
僅かに気まずさのような空気が流れ始めた時、静かな部屋に響いたのは、彼のポケットの中から聞こえたバイブ音で。
彼はそれを黙って取り出すと、再び私に背を向けて掛かってきた電話を受けた。
「どうした」
落ち着いた様子で、彼は電話相手に第一声を放った。
・・・降谷零。
彼のその一言を聞いた時、一番に出てきた言葉はそれだった。
でも何故、そう思ったのかは分からない。
きっと、風見さんと話している時と雰囲気が似ていたからだろうけど。
「・・・・・・」
・・・いや。
そもそも、どうして・・・そう思ったんだろう。
私は安室透を覚えていない。
だったら、今の彼が安室透という可能性だってある。
なのに・・・その可能性は最初から消えていた。
そしてその可能性は無いと、ほぼ確信もしている。
根拠も、理由も、記憶も無いのに。
「・・・分かった。頼んだぞ、風見」
やっぱり、電話相手は風見さんだったんだと納得すれば、余計に疑問は深まった。
どこか相手は風見さんだということも、確信していたような気もして。
「・・・風見さん?」
「ああ、悪いが少しだけ離れる。すぐに戻るから、何かあれば・・・」
スマホをポケットにしまい込みながら、彼はこちらに近付いてきて。
・・・その顔は少し疲れているようにも見えた。
「大丈夫だよ」
色んな意味を含んで、そう返事をして。
それは自分自身にも言い聞かせるように。
「・・・すぐ戻る」
もう一度そう言うと、彼は足早に部屋を後にして。
これに似た光景も、以前見たことがある気がする。
私がベッドから、彼をこうやって見送った。
あれは、いつの事だっただろう。
そもそも、あの時はどうして病院にいたんだろう。
それ程遠くない過去の出来事だった気がするが、ハッキリ思い出せない。
頭を抱えるように額に手を添えた、その瞬間。
「?」
どこからか小さく電子音が聞こえてきて。
この音は聞き覚えがある。
これは・・・。