第83章 戻ると
「ひなた・・・ッ」
「ひぁ・・・!!」
僅かに動かし始めただけ。
でも彼はその僅かな動きを察知したのか、突然眠りから目覚めては、私の名前を半ば叫びながら顔を上げた。
情けない声を出しながらそれに驚くと、二人の視線は自然と合って。
「・・・ひなた・・・?」
寧ろ、今の状況が飲み込めていないのは彼の方かもしれない。
暫くの沈黙の後、我に返ったように彼は一度目を見開くと、私の転ぶベッドに勢いよく手をついた。
「大丈夫か・・・!?」
心配そうに私を見つめる彼の目は、とても綺麗で。
・・・吸い込まれそうなくらいに。
「ひなた?」
「ご・・・ごめんなさい。大丈夫・・・大丈夫だよ」
良かった・・・と、言うべきなんだろうか。
彼についての記憶を取り戻していなくて。
まだ手探りのままの状態で返事をすると、彼はしっかりと冷静さを取り戻した様子で、ベッドについていた手を静かに引いた。
「そうか・・・なら良かった」
笑顔、なのに。
笑っていないように見えるのは何故だろう。
見ていると悲しくなるような笑顔に、何故だか胸が締め付けられた。
「症状は落ち着いているようだが、副作用はいつどう出てくるか分からない。悪いが、暫くはここで・・・」
・・・彼の言葉はその後も続けられていた。
なのに、頭に入ってこない。
それは脳が、聞かなくても良いと判断しているからなのかもしれない。
零と居るのは今だけだから、と。
「・・・聞いているか?」
「うん、聞いてる」
ちゃんと笑えただろうか。
さっきの彼のような笑顔になっていないと良いけど。
「迷惑掛けて・・・ごめんなさい」
貴方の足を引っ張って。
貴方を思い出せなくて。
貴方を・・・好きになってしまって。
「・・・ひなた」
僅かに怒りを含んだような声に、逸らしていた視線を彼に戻すと、同時に両頬を片手で掴まれて。
驚いて目を丸くしていると、零の顔は触れ合いそうなくらいにまで、グッと近付けられた。