第83章 戻ると
阿笠邸を出ると、突然彼はどこかへと走って。
頬に触れる風さえもが、体に痛みと熱を与えるようで、その苦しさに耐えるように彼にしがみついた。
「降谷さん!」
「風見、すぐに出してくれ」
「はいっ」
車に乗り込むなり、彼の命令通りすぐにそれは発車された。
何故、風見さんがいるのか。
何故、彼がここにいるのか。
今更な疑問ばかりが頭を巡る中、会いたいと少しでも思ってしまった自分を責めた。
それでも・・・、それでも。
何故か、嬉しいとも思ってしまっていて。
「ひなた、よく聞け。君に投与した中和薬は一時凌ぎにしかならない。副作用も、何が起こるか分からない」
中和薬の投与・・・そう言えばそんなことを言っていた気もする。
「だから・・・」
焦りを感じつつも、落ち着いた様子で話す彼の声に、目を瞑りながら耳を傾けた。
「落ち着くまで僕から離れるな、絶対にだ」
・・・落ち着くまで、か。
落ち着いても記憶が戻らなかったら。
その時は・・・。
・・・いや、私が怖いのは。
記憶が戻ってしまったら、だ。
「・・・っ・・・」
思い出したい。
でも、思い出したくない。
こんなことなら。
・・・貴方に出会いたくなかった。
ーーー
「・・・・・・」
知らない内に目が覚めていた。
いつ眠ったかなんて、覚えていない。
ただ分かるのは、目覚めた場所が再び病院だということ。
そして。
「・・・れ、い」
ベッドに伏せながら傍で眠る彼が、ずっと隣に居てくれたんだということ。
その彼に握られていた私の右手だけが・・・温かくて。
ここだけは二人が同じ温度なのだと思えば、僅かに恥ずかしさのようなものが込み上げた。
「・・・・・・?」
彼の寝顔を静かに見つめていた時。
その頬に違和感を感じて。
それを確かめる為に、握られていた手を解こうと、ゆっくりその手を引いた。