第10章 恋して
お互いの唇が触れるあと数センチ。
その時、透さんのスマホから着信を告げるバイブ音が部屋に響いた。
「・・・・・・すみません」
そう言って近付いていた体を離し、ポケットからスマホを取り出す。触れそびれた唇が何だか疼くようで。
上手く力の入らない体を無理矢理起こして座り直す。
玄関の方へ向かい、誰かと話している。その話し声はぼそぼそとしていて聞き取れない。
確信はないのに。そうと決まった訳ではないのに。
透さんが他の女性と話しているのでは、と勝手に不安になって。
触れ合ったことを確認するように、自分の唇にそっと触れる。
「すみません、急用ができてしまって・・・。一人で大丈夫そうですか?」
大丈夫かと言われればそうではなかったけど。
「大丈夫です、ありがとうございました」
無理矢理、でもあくまでも自然に笑顔を作ってみせた。
お礼を伝えると透さんが歩み寄ってきて。
顎を掴んで少し上げられ、さっき触れ損ねた唇が重なる。今度は触れるだけの優しいキス。
「また何かあれば連絡します」
「・・・はい」
彼は早々に部屋を後にした。
たった数十分の出来事だったのに。とても長く透さんと一緒にいた気がする。
さっきまでの会話を思い出してはまた恥ずかしくなって、布団に顔を埋めた。
唇が、熱い。
そっとその熱を持った唇に指を添えて。
本当に・・・触れてしまったんだ。
そう噛み締めるように目を瞑って。
そしてそのまま幸せに浸るように、いつの間にか眠りについてしまっていた。
ーーー
朝、目が覚めて時計を確認すると九時を過ぎていて。
さすがに寝過ぎてしまった、と重い体を動かす。今日はポアロの仕事がお休みの日。
足にきちんと力が入ることを確認し、立ち上がった。
「シャワー・・・」
昨日は知らないうちに寝てしまったから。しっかり目を覚ます為にも、と浴室へ向かった。
ふと思い出すのは昨日のこと。
一度寝てしまうと夢だったようにも思えてきて。
でも妙に唇に残るあの感触は嘘だと思えなくて。
「透・・・さ、ん」
小さく彼の名前を呟いてみたが、それはシャワーの音でかき消されて。
昨日のことが夢だったなら、彼のことは安室さんと呼ばなくてはいけないのであって。
次会ったらどっちで呼んだら良いのだろう。
そんなことばかり考えながらシャワーを浴びた。