第82章 消える※
「さあ、どうぞ」
「・・・どうも」
この家のことは忘れていないのに。
沖矢昴のことも、赤井秀一のことも。
なのに何故、降谷零のことだけ忘れてしまったのか。
証人保護プログラムのことを考えれば都合が良いのかもしれないが・・・だったら少しでも思い出さなければ良かった。
気付かなければ良かった。
彼が私にとって、大切な人なんだということを。
「紅茶で構いませんか」
「・・・はい」
工藤邸に上がれば、やはりそこには見覚えがあって。
今朝、彼と居た部屋は・・・懐かしさは感じたが、彼の部屋だったんだろうか。
いっそ彼の記憶からも、私のことが消えてくれれば良いのに。
そう考えながら座り慣れたソファーへと腰を下ろすと、紅茶のセットを持って来た沖矢さんが部屋に戻ってきて。
・・・それはまるで、事前に来客があることが分かっていたかのように早かった。
「それで」
紅茶のセットをテーブルに置くと、沖矢さんは首元のハイネックを指で下ろしてみせて。
僅かに露わになった変声機に指をやっては、向かいのソファーへと腰掛けた。
「俺に話があるんだろう」
声が・・・変わった。
目の前にいるのは、間違いなく沖矢昴だ。
けれど今は、赤井秀一で。
薄々勘づいていたけれど、この事実をきちんと知ったのは約半月前のこと。
これを誰にもバラしてはいけないということは、不思議と覚えていた。
「・・・いつから気付いていたんですか」
色々聞きたいことはある。
けど、一番気になったことはそれで。
薬に侵されていた前後の記憶は曖昧だけれど、そこに赤井さんが目の前に居なかったことくらいは覚えている。
「あの男はFBIも追っていた。中々自分から動くことのない男だったが・・・まさか君を狙ってくるとはな」
・・・相変わらず、直接的な答えにはなっていない。
そう伝えるように、僅かに眉間に皺を寄せながら目の前の彼を睨むと、急ぐな、とでも言いたげに口角を上げられた。