第82章 消える※
「やはり、外に出るのは早かったか」
「ご、ごめんなさい・・・」
車には戻ったものの、密着した彼の体から離れることができなくて。
誰もいない小さな駐車場に腰を下ろし、彼の車を背中につけては頭痛が落ち着くまで傍に居てくれた。
「相変わらず、すぐ謝る」
・・・どうやら私は、今までも迷惑を掛けていたようだ。
小さな笑いと共にそう漏らすように言われると、彼の指がそっと頬に触れた。
「っ・・・」
冷たい。
でも、それに驚いたから体がピクリと反応したのではない。
単純に・・・心臓が高鳴った。
「・・・ひなた」
その名前を呼ぶ声で、どんどん心拍数は上がっていく。
ゆっくりと近付いてくる顔に、思わず瞼を閉じた。
息が止まりそうで。
勝手に小刻みに震えて。
恐らく次に触れ合うであろう場所に、全神経を集中させた。
「・・・・・・!」
でもそれは、予想とは違っていて。
「そんなに身構えなくても」
その言葉と同時に瞼を上げると、クスクスと小さく肩を揺らしながら笑う彼の姿が目に入って。
柔らかい感触を受けた額に手を当てれば、想像以上に自分の顔が熱くなっていることに気がついた。
「だ・・・って」
彼との、そういう記憶が無いんだから。
「置いてきてしまったものを取ってくる。ひなたは車の中で待っていてくれ」
「・・・うん」
そういえば、朝強請ったキスはされていないままだな、と思い出しながら助手席へと誘導されて。
私が車に乗ったのを確認すると、彼は窓越しに笑顔で手を振った。
小さくそれに手を振り返すと、彼は走って行ってしまった。
「・・・零」
呼べば呼ぶ程、分からなくなって。
彼にとって私はどういう存在なのか。
以前の私は彼をどういう存在としていたのか。
・・・分からない。
「!!」
彼が去って数分後、突然車の窓を叩かれて。
驚き慌てて窓の外に目を向けた。