第2章 就職先
「・・・よし」
準備はできた。・・・が、どうしてか彼にもう一度会っておきたくなって。
「安室さん・・・今日もいるのかな」
自分でも何故だかわからなかった。昨日の夕方依頼をしたばかりなので、何も進展がないことは分かっている。でも、彼の声を聞くとどこか安心する気がした。
玄関の鍵を閉め、向かったのはポアロ。
徒歩20分の距離は今まで以上にあっという間だった。
でも着いてみるとドアにはCLOSEの看板。
「あれ、まだ六時半・・・」
どうやら早すぎた。確かに街はいつもより静かだったように思う。何も考えずに出てきてしまった自分に飽きれながら、出直そうとした瞬間。
「如月さん?」
突然後ろから名前を呼ばれ、振り向いた。
「安室さん・・・」
心臓が跳ねた。その時は驚きより嬉しさが強くて。
「どうしたんですか?こんなに朝早く」
「ちょっと寝ぼけて時間を間違えました・・・また出直しますね」
軽く会釈をして帰ろうとしたとき、左手首を軽く掴まれた。少し驚きながら、振り向き彼の顔を見上げて。
「大丈夫ですよ、開店準備しながらでも良ければ話しませんか?」
変わらない柔らかな笑顔でそう言ってくれた。
「・・・いいんですか?」
もちろん、と答える彼の言葉に甘えることにした。
鍵を開け、心地良いドアベルの音と共に店内へ入る。どうぞ、と案内されたのはカウンター席。
「何か飲まれますか?ちょっと時間はかかりますけど」
「いえっ、お構いなく・・・お店の準備ができてからで大丈夫です」
ただでさえ開店前にお邪魔しているのに、これ以上は迷惑はかけられない。テキパキと準備を始める安室さんを見て、座っているだけが段々と恥ずかしく感じて。
「あの、私も手伝います」
「ありがとうございます、でもお気持ちだけ頂きますね」
あっさり断られてしまった。確かに安室さんの手際は良くて私が手出しする部分は無さそうだ。
暫くすると、コーヒーの良い香りが店内に漂いだした。
「安室さんって、探偵をしながらポアロでバイトもされてるんですか・・・?」
「ええ、勉強のために」
何の、とまでは聞けなかったが、探偵業も色々と大変なのだろう。
「如月さんお仕事は?」
「兄が行方不明になってから辞めてしまって。今日から働くところを探そうとしてたところです」