第1章 そこからはじまる/天喰(裏)
パトロールを終えて事務所へと戻ればそこには天喰くんが一人そこに居た。
「……苗字、さん、」
歯切れの悪い返事を返した彼は息苦しそうにして頬を紅潮させている。
「どしたの天喰くん、大丈夫?」
「っ来ないで、ください……、すみません…」
熱でもあるのかと近付いて手を伸ばすその行動を言葉で制される。
どうしたものか。天喰くんには来ないでと言われてしまったが、どこからどう見ても具合が悪そうで放っておけるはずもない。
どうやら他のヒーロー達は出動していたりパトロールに出ていたりで事務所を出ているようで今は天喰くんと私しかいないようだ。
仮眠室も空いているようだし、せめてそちらで休んだ方がいいのではないか。そう思って声を掛ければのそりと動く天喰くん。やはり呼吸が荒く、時折呻き声を漏らしながら仮眠室へ消えた彼が心配で仕方がない。
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寝ていたら悪いな、と思って控えめにノックをして仮眠室の扉をそっと開ける。
開いた扉の先には先程までよりも苦しそうに呼吸を繰り返す天喰くん。ベッドに腰掛け俯く彼の頭が持ち上がってその瞳が私を捉えてすぐに逸らされた。
「苗字さん……、来ないでと、言いましたよ……っ」
彼の指が蛸の触手を再現して私へと伸びる。あまりにも唐突すぎるその動きに曲がりなりにもプロヒーローである私はあろうことかなんの対処も取れないままにその触手に捕えられ押さえつけられ、私の下で簡易ベッドがぎしりと嫌な音を立てて軋んだ。
「え、天喰、くん……?」
私を見下ろす天喰くんの瞳は苦しげに揺れていて、けれどどこか熱を孕んだ様子だった。まさか、これは。
「誰かに個性、かけられたの……?」
「っ、はい、半日程で治まるもののようですが……」
聞くにパトロール中にぶつかってしまった一般人の個性がかかってしまったのだとか。特段珍しくもない個性事故だ。ただ、その個性が厄介だった。
「まさかとは思うけど、性欲云々……的なものじゃないよね」
「その、まさか、です……」
ああ、だから私に近寄るなと言ったのね。それならそうと先に言ってくれれば。そう考えたところで後の祭り。彼に押し倒されて見下ろされているこの状況から考えて、このまま私は彼に抱かれるのだろうと思った。