第19章 憂き世炎上
水分と呼び出された校長室。差し出されたそれを見るや否や溜め息を零した水分に少しの罪悪感が募る。
ここ数回、家に送る度に光るレンズには気付いていた。メディアなんて邪魔でしかない。けれど今回ばかりは利用してやろう、そう思ってこれ見よがしに肩や腰に手を回してみたりして。
唐突に校長が口にした質問に淀みなく返した答えは自身の胸を締め付けた。
「水分と私は噂されるような関係ではありません」
なんと称するのが正しいのかもわからない、歪んだ関係。ここに書かれたような関係ではないが、世間に露呈すれば批判を浴びることは必至であることに違いはない。
「相澤先生は尊敬する先輩であると同時に私の師です。可愛がって頂いてるとは思いますがここに書かれているような関係ではありません」
淀みなく述べる水分に恐怖さえ抱く。俺に抱かれた全てを無かったことにするその言葉を吐く姿は、俺の心に深く突き刺さった。どうせ俺は覚えていないから、全てを無に出来るとでも思っているのか。
そう思っていたのに、水分から言われた言葉はなんだったのか。
「先生。私、先生と噂されるのは嫌じゃないです」
それは、どういう意味だ。ただの社交辞令、上司への気遣い、それともお前はまだ。駄目だ、そんな都合良く考えるな、だって水分は上鳴の。
そうだ、上鳴の。将来有望な、水分にお似合いの奴がそばにいるじゃないか。それなのに俺は何を。俺みたいなやつとスキャンダルなど、水分を潰すような真似を。
あまりにも愚か過ぎる己の行動に気付いたところで追い打ちをかけるような提案が成されて。
「そうだ、いっそのこと本当にしちゃいます?」
冗談だと言い残して去っていく背中を見つめることしか出来なかった。水分のことが、全く読めない。そんなに俺を弄んで楽しいか。
そこまで考えて、思い至る。これは、もしかしたら水分から俺への当てつけなのかもしれないと。あの日、水分の言わんとする言葉をわかっていて言わせなかった俺に対する。
なんだ、そう考えれば、事の始まりは俺じゃないか。
ともすれば、水分はまだ俺を。
溜飲を下げてやるのは俺の役目かもしれない。