第17章 愛が泣くとも
隣の熱が身じろぐその動きに目が覚める。擦り寄るその肩を抱き寄せようとして伸ばした腕。寸前でその手を止める。
その肌に触れたらもう水分が俺に笑いかけてくれる日が来ないような、そんな気がした。
二人でどろどろに溶け合った、一度では足りるはずもなく息も絶え絶えな水分を抱き上げてベッドでまたその体を貪って。決して言葉にはしない愛を体に刻みつけるように抱き崩した。
隣で眠る水分の肌に咲く無数の華に苦笑が漏れる。餓鬼みたいな独占欲。結局告げる気など、そんな度胸すら無いくせにこんな年になって本気の恋をして。俺の下で喘ぐ水分にちらつく男の影にイラつきも隠せずに。
「俺がお前を抱いたのは、今回が初めてじゃないのか」
すうすうと寝息を立てる水分に聞いたところで答えの無い問い。
昨夜、水分を送り届けて帰ろうとした俺に掛けられた言葉。
“今日は抱いてくれないんですか”
確かにそう言った。今日は、なんてまるでいつもはそうするみたいに。
記憶にない俺は思いのままに水分を抱いたのか。それを甘んじて受け入れた水分の本心は。互いに欲望に素直に堕ちただけの、そんな関係だと思えた。俺が酔えば自分を求めると知っていて誘ったのか。
酔えば記憶を失くす俺はさぞ都合が良かっただろうと自嘲する。
「なあ、昨日は酔ってなかったんだぞ」
だから、忘れない。忘れたくない。まやかしでも俺を求める水分を。一瞬でも手に入った、その全てを。
このまま水分を抱き締めてもうひと眠りしたい。二人で目を覚まして笑い合いたい。そんな朝はいつになっても訪れることはないのに。
もしこのまま眠れば水分はどうこの場を切り抜けようとするんだろうか。今まで切り抜けてきたみたいに、どんな嘘を吐いて。一糸纏わぬ姿で抱き合うこの光景を。
「……逃げ道、残してやるから」
だから、もう俺を酔わせて惑わせるのはやめてくれ。知ってしまったからもう俺はお前を抱かない。頼むから、俺を酔わせようとしないでくれよ。
眠る水分の髪にキスを落として、部屋をあとにする。
この想いも全てここに置いて行きたい。持て余すこの感情はどこへどうやって捨てればいいのか、誰でもいいから教えてくれ。