第2章 存在しない愛に溺れる(裏)
予想はしていたけれど、その予想をはるかに上回る簡素な部屋だな、と思った。
それと同時に合理的主義な先生らしい、とも思う。先生にとっての無駄を排除した結果なのだろう。
「水分、ビールでいいか。マイクが置いてったのが残ってるんだ」
両手に缶ビールを持った先生がそう問うてきて、こくりと頷いてそれを受け取る。
二人でソファに並んで腰掛け、カシュッと音を立てて開けた缶を軽くぶつけて小さく乾杯、と言い合う。
たったそれだけの些細なことなのに、さっきまでよりも近い距離にいる先生に胸がざわざわと落ち着かない。
触れそうで触れない距離。部屋に淡く漂う先生の匂い、隣に掛ける先生が動くたびに部屋のそれよりも幾分か強く鼻を掠める。今まで知らなかった、先生の匂いだ。
少しだけ先生に近付いて、すん、と鼻を鳴らせば怪訝そうな顔をした先生が軽く息を吐いて「俺も、おっさんだからな」なんて言うから、ふふっ、と笑いがこぼれてしまう。少しだけ不機嫌そうな先生に、そういうんじゃないですよ、と言えば眉間の皺が少し減った。
「男の人の、匂いだなって。…先生の匂いでいっぱいで、なんだか包まれてるみたいで、どきどきしてるんです」
そう、ぽつりぽつりと零すと不意に先生に抱きすくめられて。
軽くため息を吐きながら項に鼻を寄せた先生が「水分は甘い、女子の匂いがする」なんて吐息混じりに言うから体がぴくり、と反応してしまう。「女子って歳じゃないですよ」と誤魔化すように笑って振り返れば至近距離の先生と目が合った。その瞳には、欲情がほんのり浮かんでいて、ゾクリと背中が粟立つ感覚と共に決して広いとは言えないソファに二人で沈んだ。